
現在、節句人形関連では次の6品目が指定されています。
江戸木目込人形
京人形
駿河雛人形
駿河雛具
江戸節句人形
岩槻人形
指定の要件を満たした商品には、伝統的工芸品のマークがつきます。例えば江戸木目込人形は、桐塑(とうそ)のボディに正絹や綿の布を木目込み、頭も素焼頭等を使用し、手もプラスチック以外の桐塑や木彫り等の天然素材で作られています。つまり100年以上前とほぼ同じ商品というわけです。
伝統的の"的"とは、工芸品の特長になっている原材料や技術、技法の主要な部分が今日まで継承されていて、さらにその持ち味を維持しながらも、産業環境に適するように改良を加えたり、時代の需要に即した製品作りがされている工芸品、という意味です。
古くからの伝統工芸品を保護、育成するために、経済産業大臣が次のような要件を満たしたものを「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」により指定しています。
必要な要件とは
1 年に一回の行事でも、主として日常生活で使われるもの。
2 製造過程の主要部分が手づくりであること。
3 100年以上継続している技術や技法で作られていること。
4 100年以上継続している原材料を使用していること(絹、綿、麻、木材等の天然素材で化学繊維やプラスチックは不可)。
5 産地があり、地域産業となっていること、つまり産地の同業組合が存在していること。
Since ancient times in
The custom to display helmet and armors, and May dolls representiry brave samurais or healthy boys on May fifth originally comes from the above custom.
ひな人形、五月人形を飾る場所は、日当たりの良いところやお人形に直接温風があたる場所は、変色・変形等の原因となりますので避けましょう。
また、飾る際には、箱からお人形やお道具類、鎧、兜を取り出す順に写真を撮っておくと後の片づけが大変楽になります。
端午の節句は、奈良時代から行われている古い行事です。
端午というのは、五月の初めの午(うま)の日という意味です。しかし、長い歴史の中で、いつのまにか五月五日に固定されてしました。
奈良・平安時代の端午には、災厄を避けるための行事が行われる重要な日でした。宮廷ではこの日、軒に菖蒲やよもぎを挿し、臣下の人々は菖蒲を冠に飾ったり、菖蒲の葉で作った薬玉(くすだま)を柱に下げたりしました。また、災いをもたらす悪鬼を退治する意味で、騎射(うまゆみ)、競馬(くらべうま)などの勇壮な催しも行われました。
民間でも軒に菖蒲を挿し、また、子どもたちが小弓を引いたり、印地(いんじ)と呼ばれた石合戦を盛んに行いました。この印地は江戸の初めまで続きましたが、危険なため禁止とされて、後には菖蒲切りというチャンバラごっこから、菖蒲打ちといって菖蒲の束で地面叩き、音の大きさを競う遊びへと変化しました。
鎌倉時代には宮廷の端午の行事は衰えますが、代わって武家の間から、菖蒲を尚武と解し、この日を大切にする気風が生まれ、また、男の子に兜や太刀を贈ったりしました。民間でもこの頃から、菖蒲湯、菖蒲酒、菖蒲枕など、菖蒲に関する風習が盛んとなりました。
江戸時代、武家社会に入ると、端午は幕府の重要な式日となり、大名や旗本は染帷子(そめかたびら)の式服で江戸城に出仕し、将軍にお祝いを述べました。
また、将軍に世継ぎが生まれると、城中にたくさんののぼりや作り物の槍、薙刀、兜などを立てて盛大にこれを祝いました。民間でも、こうした武士の気風を真似て、初節句には厚紙でこしらえた大きな作り物の兜などを屋外に飾りました。
こうして端午の節句は、武家のみならず民間にまで広がって、男の子の誕生を祝う日となったのです。
作り物の鎧兜は、やがて屋内に引き入れられ、精巧なミニチュアの内飾りに変化していきます。また、外飾りの場合は、民間ではのぼりに武者絵などを大きく描いて、にぎやかに飾り立てました。そして、江戸も中期を過ぎる頃から、町の人々のアイデアで鯉のぼりが考案され、次第に大きくなって江戸の空を悠々と泳ぐようになりました。
明治時代に入ると、新政府の方針で、それまでの節句行事が廃止され、新たに国の祝祭日が定められたため、端午の節句も一時衰えました。しかし、男の子の誕生を祝いその成長を祈る日は、やはり人々の生活の中に深く浸透しているだけに、やがて復活し、今日まで盛大に祝われています。
このように、端午の節句は長い歴史の中にはぐくまれた、日本の誇る生活文化なのです。昔の人たちが工夫を重ねてきたように、現代の生活の中でも、いろいろアイデアをこらして、それぞれのご家庭で、みんなが一つになって、明るく楽しいお節句を演出してみようではありませんか。
五月人形には外飾りと内飾りとがあります。
鎧や兜を飾るのは、江戸の武家社会から生まれた風習ですが、庶民もこれにならい、ここからのちに精巧なミニチュアの内飾りが生まれました。現代ではとにかくこれらを戦争のための武器と受け取りがちですが、日本の鎧兜には、ゆたかな個性と時代時代の最高の工芸技術とが投じられています。風さわやかな五月五日、これら男性美に満ちた鎧兜などを飾って、男の子の健全な成長を祈るのは、日本古来の美しい風習なのです。
また、鯉のぼりや武者絵のぼりなどの外飾りは、わが子の出世を願うものとして、古くから建てられてきました。
家族の絆(きずな)を大切にいたしましょう。
現在、私達の生活は、あふれる情報の中で、せき立てられるように時を費やしています。人も企業も走り続けることが求められ、諸事便利になってはいますが、その反面で人として、最も大切な豊かな感情、すなわち情緒が次第に薄れてきています。近頃では子ども達の世界にもその影響が及び、いろいろと難しい問題が持ち上がっています。
また、家庭では核家族化が進み、祖父母と孫との触れ合いもなかなかできません。お子様のお節句のお祝いを機会に、何よりも親と子、祖父母と孫が触れ合うこと、また親しい方々をお招きしてホームパーティを開くことなどで、人と人との絆をより深めて行きたいものと考えます。
昔は通常、家族のみならず親戚までをも含む大家族制が多く、大勢が一つ屋根の下で生活していました。お子様のお節句なども一同が揃って祝うことが多く、そこには家族としての強い絆がありました。こうした集まりを重ねる中で情緒ある家庭生活が営まれ、子ども達は自然に家族の絆、家族の大切さを学びながら育ったものでした。
現代では核家族化の影響で、祖父母と孫とが和やかに触れ合う機会も減り、家族としてのだんらんのときさえなかなか取れません。ひな祭りや端午の節句に代表される季節の行事を大切に、出来るだけ多くの機会に皆様が集まり、お子様を祝福してあげること、さらに、お子様が何歳になってもそれを続けていくことが、家族の絆をより深めることにつながると考えます。