
上段に内裏雛を飾る雛の館のことを京都では御殿と言いました。
その中に一対の雛を飾る形式が江戸時代から流行してきます。この御殿のことをお厨子とも呼びました。
御殿は、紫宸殿になぞらえたものとも思われ、またこの御殿作りを源氏枠とも言います。
公卿の装束を、有職故実に基づいて正しくつくった雛のことです。
十六世紀に始まるヨーロッパのドールハウスは、当時の貴族家庭の人物や調度品類を実物通り縮小製作した、まるで「人形の家」を連想させます。
江戸時代(1751~64年)、公卿が人形師に注文して作らせたのが始まりと言います。
端午の節句に粽(ちまき)を供える謂れは、中国の故事により起源します。
人々を悩ませた水神悪鬼を鎮めるため、粽を海に投げ入れると蛟龍となって天に昇り、それ以来人々も災難から逃れることができたという故事により、災難を除し家運を祈って供える風習となりました。
菱餅は餅が菱形で、下段から白、草色、紅色と三段に重ね、
寒い冬(白)を過ぎ、草木の萌える早春を草色で表し、花の咲く春を紅色としたと言われています。
または、
下段は草色で地を表し、中段は白で空間を、上段は紅で太陽を表していると言う説もあります。
また、関西地方では5色を重ねた菱餅もあります。